PLAY! #わたしらしく山を楽しむ

PLAY No,07

動物写真家

Kei Sato

佐藤 圭

気温マイナス6度。強い風が海からごうごうと吹き上げてくる。
風にまじる雪粒は大きく、まともに目を開けていることができないほどだ。

 顔を背けながら薄目でうかがうと、鈍い鉛色の海に白い波頭が飛び跳ねている。
その海に、佐藤さんは600mmの巨大な望遠レンズを向けている。
「あそこにアザラシがいるんですよ。周りと同じような色だからわかりにくいですけど」
 言われて目を凝らすと、30mほど沖にあるテトラポットの上に丸みのある姿があった。灰色の身体に茶色の点々が入った動物たちは、吹き荒れる風を気にする様子もなく、悠々と体を横たえている。
「冬になると、留萌の海岸にはアザラシが来るんです。春になるとまた、北の海に帰っちゃいますからね。冬の間しか撮れないんです」

「限られた時期しか撮れない動物がいます。それを撮るのが、冬の楽しみになってますね」

 そう話す佐藤さんが次に向かったのは地元の漁港だ。
「オジロワシは北海道にはけっこう居着いてますけど、冬に渡ってくる個体もいるんです。これから行く港には、天気が荒れるとシノリガモやカモメが避難してくるんですけど、オジロワシがそれを狙うことがあるんです。今日は荒れ模様だし、もしかしたらオジロワシが見れるかもしれないです」
 フォークリフトが忙しそうに走り回る港の中で、佐藤さんはじゃまになりそうにない場所を見つけると車を停めて、近くにいた漁師さんの所に歩いていく。海風のせいで声は聞こえなかったけれど、仕事の手を止めて怪訝そうに佐藤さんを見ていた漁師さんは、一言二言なにかを交わすと笑顔になった。戻ってきた佐藤さんに、何を話したんですか?と聞くと
「オジロワシ撮りに来たんです、って言ったら、ああ!って。なんか僕のこと知ってくれてました。車もここに停めといていいそうですよ」
 と答える。
「オジロワシ、いるみたいです。今朝も見たぞ、って教えてくれました。たまに漁師さんたちが網にかかった雑魚を海に投げると、カモメやカモに混じってオジロワシもくるんですよ」
 そうして佐藤さんは望遠レンズ付きのカメラを静かに構えて、言った。
「防波堤のところに……、います……」

  • ミレーあざらし1

「ちょっと山の方に行ってみましょう」  しばらく港で撮影をしていたけれど、佐藤さんがそう切り出したのには理由があった。何羽かのオジロワシが、山の方に向かって飛んでいくのが見えたのだそうだ。
 翼を広げると2mを超えるという巨大な鳥。その姿は、山間の国道を走る車の、フロントガラス越しにも見つけることができるほどだ。
「あんまり山の方に集まることはないんですけどね。どうも向こうの谷のあたりにいますね。何かあるのかな……」
 このあと、佐藤さんはたまたま出会った知り合いの酪農家さんから、上流の河原にシカの死体が流れ着いていたという話を聞いた。
「雪を踏み抜いて落ちたのかな。たぶんそのシカをエサにしたんだと思います」
 動物たちの行動には理由がある。その理由がわかれば、姿を捉えやすくなる。
「やっぱりいちばん大きな理由はエサを狩る行動ですよね。橋を渡るときは必ず川沿いの木を見ます。見通しが良くて獲物を見つけやすいみたいで、けっこうオジロワシが留まってることがあるんですよ。あと、いつも同じ木に留まる個体もいます。その場所が好きっていうのもあると思いますけど、実はそこから見えるとこにカモが集まってる場所があって、狩りのためだったんだなって分かることもありますね」
 なぜそこにいるのかを考え、飛んでいる空域を見定め、良いショットが狙える地形を考慮する。さまざまな要素を組み合わせて、佐藤さんは行動を決めていく。
 道路脇の避難帯に車を停めると、佐藤さんは空を見上げた。
「しばらく待ってみます。撮りやすいところに来てくれるといいんですけどね」

北海道は寒さの質が違った。単に寒いというのではない。
足元から背骨まで、身体の芯を鋭利な冷え感が走る。

 寒いというよりは、体の芯がギューっと強く締め付けられるようだ。そんな中で、佐藤さんはオジロワシを眺めている。
「夏はシマリスやナキウサギを中心に撮るんですが、冬はワシが多いですね。冬になるとロシアから渡ってくるウミワシは姿がきれいだから好きなんですよ。あとはクマタカがかっこよくて好きです。クマタカは四季を通じて居着いてる鳥なんですが、冬になると木の葉っぱが落ちるんで見つけやすくなるんです」
 でも、と佐藤さんは続ける。
「その中でもワシはちょっと特別ですね。僕をこの世界に導いてくれた鳥なんですよ」
 重たそうな雪雲を背景に、山の稜線の向こうでは、数羽のオジロワシが風に乗って優雅な旋回を続けている。
「写真を撮り始めた頃、海の近くで街灯の上に止まってるオオワシを見たんです。その存在感がすごくて。そこから動物写真にぐぐっと引き込まれていったんです。
 その頃、自然写真家の泊和幸さんに出会って、いろんなことをたくさん教わったんです。写真の技術も大事だけど、なによりも動物のことをよく観察しなさいって。あと、なるべく同じものを撮り続けなさい、そしたら見えてくるものがあるから、って」
 以来、佐藤さんは自分が好きなものに集中して撮るスタイルを貫いている。
「もともと、ひとつのものにグッと入っていくのが向いてのかもしれないですね。そのやり方が好きなんですよ。そうしてると、またいろんなものに繋がっていくし、深堀りしていく感じはおもしろいですよ」
 でも今日はダメっぽいですねと、佐藤さんは空を見上げる。
「たぶん、あのワシには僕らが見えてます。シカのことは気になるけど、見慣れないものがあるから警戒してるのかもしれないですね」

  • ミレー大鷲1

オジロワシを眺めている間、考えていたことがある。

 以前、佐藤さんに動物写真を撮ることについてうかがった時、その極意は「待つこと」だと教えてもらった。それは冬でも同じなのだろうか?
「同じですね。冬の海岸にアザラシが打ち上がると、それを狙って海鷲が集まってきたりするんですよ。だけど警戒心が強いから離れたところに留まって、12時間も様子を見てたりするんですよね。そういう時はギリギリ警戒心を抱かれない距離のところに簡易テントを張って、その中でじっとしてますけど」
 考えられない。この寒さの中でひたすら待つ。それはどう考えても楽なことではない。望んでやりたいこととは思えない。
「寒い中で待つのは楽ではないです。けど、待ってないと何も撮れないですしね。まぁ、ひたすら待ってるのも嫌ではないんで、あまり気にならないですね」
 信じられないことに寒いとか天気が悪いとか、そういう冬の気象条件に対するネガティブな意見が何一つ出てこない。
「冬は冬でいいですよ。雪の中、静かにひとりでじっくり集中して撮るのは好きですね」
 佐藤さんの好奇心は、ひたすら真っ直ぐに、動物にだけ向けられているのだ。
「冬はフィールドの状況も変わるんですよ。夏は入っていけないような藪も、冬は全部枯れちゃいます。そしたら、クマタカが留まる木の近くまで行くこともできますから。
 一面雪に覆われますから、道も関係ないです。スノーシューを履いてれば、行きたいところに自由に行ける。それはすごく魅力的です」

 動物写真は観察と自制と忍耐が結実した芸術だ。とは言え、真冬の北海道の野外でここまで人を突き動かすものとは何だろう。好奇心や、撮りたい!という気持ちだけとは思えない。情熱というほど激しいものではなく、忍耐と言うほど悲壮なものではなく、興味というほど軽くはない。しかしどの言葉も乗り越えてしまう強さが、佐藤さんにはある。
 そう、強いのだ。この人は強い。その強さという基礎の上に、自分の興味や好奇心を積み重ねている。佐藤さんが時折見せる、どこか飄々とした表情やくったくのない笑顔は、強さ故に現れる余裕の片鱗なのかもしれない。
 最後に聞いてみた。夏の撮影と冬の撮影、どっちが好きですか?と。
「夏は暑いけど山の上に行けば涼しいからいいですよね。冬はいいものをきちんと着ちゃえば暖かくて、道具やウェアに助けてもらえます。だからどっちも好きですね。冬の一人でじっくり撮れる感じは大好きですし、夏は夏で山に行ったらいろんな人に会えたりするのももおもしろいんです。だからどっちもいいんですよね」
 ハッキリこっち!って言おうと思ったのになぁ、と佐藤さんは笑う。
「どっちも捨てがたいですね。僕は動物に出会えて写真が撮れて、その写真を見て誰かが喜んでくれることが嬉しいんですよね。だからそういう動物が撮れることが大事で、そのほかのことはまぁ、あんまり気にしていないかもしれないですね」
 強さはまた、自分の生き方を正直に体現することにもつながる。そしてそれは、他の人の喜びを支える種となるなのだ。

PLAY No,07

Kei Sato

佐藤 圭

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